「M&Aで、株式を買収すると、買収価格の70%を、経費にできる」という説明を、目にしたことがある方は、多いのではないでしょうか。これは、「中小企業事業再編投資損失準備金」という、税制のことを、指しています。ただし、「経費にできる」という表現には、誤解されやすい点があります。実際には、税金を免除する制度ではなく、課税を先送りする制度です。
この記事では、中小企業庁の「中小企業等経営強化法に基づく支援措置活用の手引き」(令和8年4月1日版)をもとに、この制度の仕組み、対象となる要件、積み立てられる金額、取崩しのルール、手続きの流れを、初めての方にも分かるように、解説します。数字を使った例も、紹介します。
なお、制度の内容や期限は、改正されることがあります。この記事は、2026年10月時点の公表資料をもとにしています。実際に使うときは、最新の情報を確認し、税理士などの専門家にご相談ください。
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「70%を経費にできる」は、どういう意味?

中小企業事業再編投資損失準備金とは、中小企業者が、経営力向上計画の認定を受けて、株式などを取得した場合に、取得価額の一定割合を、準備金として積み立て、その積み立てた金額を、その事業年度の損金(税務上の経費)に算入できる制度です。租税特別措置法第56条に、定められています。
積み立てられる金額の上限は、手引きによると、取得価額の70%です。積み立てた金額は、その事業年度の損金になるため、課税される所得が、小さくなり、その事業年度の、税金の負担が、軽くなります。
経費になる、とはいっても、あとで益金に戻る
ただし、この準備金は、積み立てた金額を、ずっと損金のままにしておけるわけではありません。手引きによると、積み立てた準備金は、5年を経過したあと、その後の5年間にわたって、均等額で、取り崩し、益金(税務上の収入)に算入します。つまり、最初に、損金にした金額を、あとで、益金として、戻す仕組みで、税金は、免除されるのではなく、先送りされます。
先送りされた間に、手元の資金を、事業に使えるため、買収直後の資金繰りが、楽になるというのが、この制度のメリットです。
なぜ、この制度があるのか
M&Aで、株式を取得した場合は、取得した会社に、簿外債務などが、あとから見つかり、株式の価値が、下がるリスクがあります。この制度は、そのような、損失のリスクに、備えるために、設けられた制度です。実際に、株式の価値が下がった場合に、損失を、計上する際の、負担を和らげる役割があります。
制度を使うための、主な要件

手引き(令和8年4月1日版)に記載されている、主な要件は、次のとおりです。
1. 中小企業者であること
資本金の額または出資金の額が1億円以下の法人(資本または出資を有しない法人の場合は、常時使用する従業員数が1,000人以下の法人)が、対象です。ただし、次のような法人は、たとえ資本金が1億円以下でも、対象になりません。
- 同一の大規模法人から、2分の1以上の出資を受ける法人
- 2以上の大規模法人から、3分の2以上の出資を受ける法人
- 前3事業年度の所得金額の平均額などが、15億円を超える法人
2. 経営力向上計画の認定を受けていること
事業承継等事前調査に関する事項が記載された、経営力向上計画の認定を受ける必要があります。事業承継等事前調査とは、M&Aの譲受側が、譲渡側に対して行う調査で、法務、財務、税務などの観点から、引き継ぐ経営資源について、損害が生ずるおそれがないかを、調べるものです。一般的に、デューデリジェンスと呼ばれます。
3. 計画に基づいて、株式を取得し、保有していること
認定を受けた計画に基づいて、株式等を取得し、かつ、その株式を、取得した日を含む事業年度の終了の日まで、引き続き、保有している必要があります。
4. 取得価額が、10億円以下で、事業の承継を伴うこと
対象になるのは、取得価額が10億円以下の、株式等の取得で、事業の承継を伴うものです。手引きによると、同一の者に支配された法人間での、事業の移転など、実質的に事業の承継といえないものは、対象から除かれます。
5. 一定の表明保証保険に加入していないこと
支払限度額が5億円を超える表明保証保険契約を、締結している場合は、この制度の対象外です。表明保証保険とは、売主が表明した事項が、事実と異なっていた場合に、保険金が支払われる保険です。
6. 適用期間内であること
適用期間は、令和3年8月2日から、令和9年3月31日までです。経営力向上計画の認定を、期間内に受けて、株式を取得する必要があります。
数字で見る、仕組み(想定例)

制度の仕組みを、数字で、イメージしてみましょう。この例は、理解のための想定で、実際の金額を、保証するものではありません。
| 項目 | 金額(想定) |
|---|---|
| 株式の取得価額 | 5億円 |
| 積み立てられる上限(取得価額の70%) | 3億5,000万円 |
| 実際に積み立てた金額 | 3億円 |
| 積み立てた事業年度の損金(経費)に算入する金額 | 3億円 |
この場合、積み立てた3億円は、その事業年度の、損金になり、課税される所得が、3億円、減ります。積立ての金額は、上限の範囲内で、任意に決められます。
一方、積み立てた準備金は、5年を経過したあと、その後の5年間にわたって、均等に、取り崩します。3億円を、5年で均等に、取り崩す場合は、毎年、3億円÷5年=6,000万円を、益金に算入します。つまり、最初の5年間は、課税が、先送りされ、その後の5年間で、少しずつ、課税される形になります。
準備金を、取り崩す場合

手引きによると、次のような事由が、発生したときは、準備金を、取り崩す要件に、該当します。
- 経営力向上計画の認定を、取り消された場合(全額)
- 取得した株式を、売却するなどして、保有しなくなった場合(全額または相当分)
- 株式を取得した法人が、合併により、合併法人に、株式を移転した場合(全額)
- 取得した株式を発行する法人が、解散した場合(全額)
- 取得した株式の帳簿価額を、減額した場合(相当分)
- 株式を取得した法人が、解散した場合(全額)
- 株式を取得した法人が、青色申告書の提出の承認を、取り消され、または、取りやめた場合(全額)
- 支払限度額が5億円を超える、表明保証保険契約を、締結した場合(全額)
このような事由が、生じたときに、準備金を取り崩さないと、税務上の問題が、生じます。株式を取得したあとの、管理も、大切です。
手続きの流れ

手引きに、示されている、手続きの流れを、整理します。
1. 経営力向上計画の策定と、申請
株式の取得を内容に含み、事業承継等事前調査の内容を記載した、経営力向上計画を作成し、主務大臣に申請します。申請のときには、事業承継等事前調査チェックシートを作成して、添付します。標準的な処理期間は、30日とされています。
2. 認定を受ける
計画が、認定されます。事業承継等事前調査の実施は、計画の認定の前後を、問いませんが、最終合意の前に、実施する必要があります。
3. 株式の取得
認定を受けた計画に基づいて、株式を取得します。
4. 決算で、準備金を積み立てる
株式を取得した事業年度の決算で、準備金を積み立て、法人税の確定申告で、損金に算入します。
5. M&Aの実施の報告
計画に沿って、M&Aを実施したことを、主務大臣に、報告します。
取得価額に含まれる費用

準備金を積み立てるときの基準になる、取得価額は、手引きによると、株式などの購入の代価に、購入手数料その他、その有価証券の購入のために要した費用がある場合は、その費用の額を加算した金額です。たとえば、株式の購入代金のほか、仲介会社への手数料などが、株式の取得のために必要だった費用として、取得価額に含まれる場合があります。どの費用が含まれるかは、個別の取引の内容によって異なるため、税理士に、確認してください。
通常の準備金と、上乗せの措置の違い

令和6年度の税制改正で、特別事業再編計画の認定を受けた企業向けに、準備金の上乗せの措置(中堅・中小グループ化税制)が、加わりました。国税庁の資料などによると、主な違いは、次のとおりです。
| 項目 | 通常の準備金 | 上乗せの措置 |
|---|---|---|
| 必要な計画の認定 | 経営力向上計画 | 産業競争力強化法の特別事業再編計画 |
| 対象となる取得価額 | 10億円以下 | 1億円以上100億円以下 |
| 積立ての割合 | 取得価額の70%が限度 | 最初の取得は90%、それ以外は100% |
自社のM&Aの規模や、計画に合わせて、どちらの制度を使うかを、検討します。詳しくは、別の記事「中堅・中小グループ化税制とは?M&Aの準備金を最大100%積立」で、解説しています。
この制度を使うときの、注意点

- 計画の認定は、取引の前に:認定を受けないまま、株式を取得すると、制度の対象にならない場合がある
- デューデリジェンスを、丁寧に:事前調査の内容が、計画の認定のときに、確認される。調査は、M&Aのリスクを減らすためにも、重要
- 株式を取得したあとの管理:株式の売却や、帳簿価額の減額など、取崩しの要件に、当たる事由に、注意する
- 青色申告を、続ける:青色申告書の提出の承認を、取り消され、または、取りやめた場合は、準備金の全額を、取り崩す
- 期限の確認:適用期間は、令和9年3月31日まで。延長の有無を、確認する
制度の使い方を、間違えると、あとから、準備金を取り崩し、追加の税金が、生じるおそれがあります。M&Aを、検討する段階で、税理士に、相談しておくことをおすすめします。
買い手が、この制度を使う場面の例

この制度を使う場面を、イメージしやすくするために、想定の例を紹介します。
例:後継者のいない同業の会社を、株式の取得で、引き継ぐ場合
製造業の中小企業が、後継者のいない、同業の会社の株式を、取得して、子会社にするケースです。買い手の会社は、経営力向上計画に、株式の取得と、事業承継等事前調査の内容を記載して、認定を受けます。そのうえで、株式を取得し、決算で、取得価額の一定の割合を、準備金として積み立てます。
買収後に、簿外の債務などが、見つかって、子会社の株式の価値が、下がった場合でも、あらかじめ、準備金を積み立てていれば、税負担を、先送りしていた分を、資金に回して、対応できる場合があります。ただし、準備金は、将来、取り崩して、益金に算入する必要があるため、資金計画は、慎重に立てる必要があります。
売り手の側から見た、この制度
この制度は、買い手の中小企業を、対象としています。売り手の経営者にとっては、買い手が、この制度を使えることで、買収の資金の負担が軽くなり、買い手の候補が、広がる可能性があります。売り手の立場でも、制度の概要を、知っておくと、買い手との交渉の際に、役立つ場合があります。
よくある質問

Q1. 準備金を積み立てれば、税金は、ゼロになりますか?
いいえ。準備金は、課税を先送りする制度で、積み立てた金額は、5年経過後の5年間で、取り崩して、益金に算入します。税金が、免除されるわけではありません。
Q2. 株式ではなく、事業譲渡の場合も、使えますか?
この準備金は、株式等を取得する場合の制度です。事業譲渡の場合は、別の税制(不動産取得税、登録免許税の軽減措置など)を、検討します。
Q3. 令和9年4月以降は、使えますか?
現在の適用期間は、令和9年3月31日までです。令和9年度の税制改正で、延長されるかどうかが決まります。経済産業省の令和9年度税制改正要望では、延長が求められていますが、要望の段階で、決定ではありません。最新の情報を、確認してください。
Q4. 取得価額が10億円を超える場合は?
通常の準備金の対象は、取得価額が10億円以下の株式等です。令和6年度の税制改正で、特別事業再編計画の認定を受けた場合の、上乗せの措置(取得価額が1億円以上100億円以下)が、加わりました。詳しくは、別の記事で、解説しています。
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※本記事は、2026年10月時点の情報をもとに作成しています。制度の内容や期限は変更されることがあるため、手続きの前に、中小企業庁などの公式情報をご確認ください。




