会社の株式を売却してまとまった利益が出たとき、その資金を元手に新しい事業を立ち上げたり、知人が設立したスタートアップに出資したりすることを考える方は少なくありません。このようなときに検討したいのがエンジェル税制です。エンジェル税制を使うと、スタートアップへの投資額を株式の売却益から差し引けるため、売却益にかかる所得税を抑えながら新しい事業に資金を回すことができます。
エンジェル税制には、優遇措置A・優遇措置Bに加え、2023年度(令和5年度)の改正で新しく作られた「プレシードシード特例」(正式名:プレシード・シード特例)と「起業特例」があります。さらに、2025年度(令和7年度)の改正により、2026年(令和8年)1月1日以後の投資から、売却益が出た年の翌年に投資した場合も対象になりました。
この記事では、株式の売却益を新規事業やスタートアップに再投資する場面を想定して、エンジェル税制の4つの優遇措置の違い、2026年からの改正内容、適用を受けるための手続きと期限、新規事業を立ち上げるときの注意点を解説します。
Contents
エンジェル税制とは?スタートアップへの投資を後押しする税制

エンジェル税制は、設立から間もない未上場のスタートアップに出資した個人投資家に対して、税金を軽くする仕組みです。スタートアップは銀行からの借入れだけで資金をまかなうことが難しいため、個人からの出資を増やすことを目的に作られました。
優遇は、スタートアップに投資した年と、そのスタートアップの株式を売却した年の2つの時点で受けられます。投資した年には、投資額を所得や株式の売却益から差し引けます。投資した年の優遇は所得税だけが対象で、住民税は軽くなりません。株式を売却した年に損失が出た場合は、その年のほかの株式の売却益と相殺でき、相殺しきれない損失は翌年以後3年間繰り越せます。上場しないまま会社が破産・解散した場合も、この損失の扱いを受けられます。
投資した年に受けられる優遇は、次の4種類です。どれを使えるかは、投資先の会社の設立年数や外部からの出資の割合などで決まります。
| 種類 | 控除の対象 | 控除の上限 | 主な会社の要件 |
|---|---|---|---|
| 優遇措置A | 投資額-2,000円をその年の総所得金額等から控除 | 総所得金額等×40%と800万円のいずれか低い方 | 設立5年未満など |
| 優遇措置B | 投資額をその年(2026年以後の取得分は前年も)の株式の売却益から控除 | 上限なし | 設立10年未満など |
| プレシードシード特例 | 投資額をその年(2026年以後の取得分は前年も)の株式の売却益から控除 | 上限なし(20億円までは非課税) | 設立5年未満、営業損益が赤字など |
| 起業特例 | 自己資金で会社を設立したときの出資額をその年(2026年以後の取得分は前年も)の株式の売却益から控除 | 上限なし(20億円までは非課税) | 株式会社を発起設立した発起人が自己資金で出資した場合など |
会社の要件の細かい内容は、経済産業省のガイドラインで確認する必要があります。エンジェル税制の基本的な仕組みについては、「エンジェル税制とは?優遇措置A・Bの違いと2026年改正のポイント」もあわせてご覧ください。
株式の売却益を再投資するときに使える3つの特例

会社の株式を売却して利益が出た方が、その利益を新しい事業に回す場合に中心となるのが、優遇措置B、プレシードシード特例、起業特例の3つです。いずれも投資額を株式の売却益から差し引く仕組みですが、税金が「先送り」になるのか「かからなくなる」のかが異なります。
優遇措置B:税金の支払いを先送りする
優遇措置Bは、スタートアップへの投資額を、その年の株式の売却益から差し引ける制度です。控除額に上限はありません。ただし、差し引いた分は投資した株式の取得価額から減らされるため、将来その株式を売却したときに利益が大きく計算されます。つまり、税金がなくなるのではなく、支払いが将来に先送りされる仕組み(課税の先送り。課税の繰延べともいいます)です。
プレシードシード特例:20億円までは非課税
プレシードシード特例は、事業を始めたばかりの段階にある会社への投資を対象にした特例です。投資額を株式の売却益から差し引ける点は優遇措置Bと同じですが、投資額が20億円までの部分は、取得価額を減らす必要がありません。そのため、20億円までの部分は、所得税について課税の先送りではなく非課税の扱いになります。なお、住民税は軽くならない点に注意が必要です。
対象となるのは、設立5年未満で、設立からの年数ごとに営業損益が赤字であることなどの要件を満たす会社です。外部の投資家からの出資の割合や、事業計画を持っていることについても要件があります。
起業特例:自己資金で会社を設立する場合
起業特例は、他人の会社に出資するのではなく、自分の資金で株式会社を設立する場合に使える特例です。会社を設立するときに発起人として払い込んだ出資額を、その年の株式の売却益から差し引けます。プレシードシード特例と同じく、20億円までの部分は所得税が非課税になります。
起業特例の対象になるのは、株式会社を発起設立し、設立時に自己資金で出資した発起人の方です。ファンドなどの組合を通じた出資は対象になりません。会社の要件は起業特例用のガイドラインに定められているため、設立前に確認しておきましょう。
具体例で見る控除のイメージ
次の数字は説明のための仮の例です。ある年に会社の株式を売却して1億円の売却益が出た方が、同じ年に、プレシードシード特例の要件を満たす会社へ3,000万円を出資したとします。この場合、所得税の計算では、売却益1億円から出資額3,000万円を差し引いた7,000万円が課税の対象になります。差し引いた3,000万円は20億円の範囲内のため、課税の先送りではなく非課税の扱いです。ただし、住民税は売却益1億円の全額にかかります。
同じ3,000万円を、優遇措置Bの対象となる会社に出資した場合も、その年の売却益から差し引ける金額は同じです。ただし、優遇措置Bでは出資した株式の取得価額が3,000万円分減らされるため、将来その株式を売却したときに、差し引いた分も含めて利益が計算されます。どちらの特例を使えるかは投資先の会社の状況で決まるため、出資の前に確認しておくことが大切です。
2026年1月から再投資期間が最大2年に延長

これまで、優遇措置B、プレシードシード特例、起業特例は、株式の売却益が出た年と同じ年のうちに投資を行う必要がありました。たとえば年末近くに株式を売却した場合、その年のうちに投資先を決めて出資まで終えるのは難しく、制度を使いにくい面がありました。
2025年度(令和7年度)の税制改正により、2026年(令和8年)1月1日以後に取得する株式からは、売却益が出た年の翌年末までに投資すれば対象になるよう見直されました。再投資できる期間が、最大2年に延びたことになります。
翌年に投資した場合は「繰戻し還付」を受ける
売却益が出た年の翌年に投資した場合は、まずその年(翌年)の株式の売却益から投資額を差し引き、差し引ききれなかった額について、前年分の所得税の還付を請求する「繰戻し還付」という仕組みを使います。ただし、この還付を受けるためには、売却益が出た年の確定申告書に、翌年に投資する見込みであることなどを記載した書類を添付して、期限までに提出しておく必要があります。売却した年の確定申告の時点で、翌年の投資を見据えた準備をしておくことが大切です。たとえば2026年に出た売却益について2027年に投資する場合は、2027年3月の確定申告の際にこの書類の準備が必要です。
投資の翌年末までに売却すると非課税にならない
あわせて、プレシードシード特例と起業特例には、税制の趣旨に合わない使われ方を防ぐための見直しも入りました。投資した年の翌年末までにその株式を売却した場合は、上場後の売却やM&Aによる売却などの一定の場合を除き、取得価額が調整され、非課税ではなく課税の先送りの扱いに切り替わります。短期間で売却する予定がある場合は、非課税の効果が得られない点に注意が必要です。
エンジェル税制を使うための手続きと期限

エンジェル税制は、確定申告をすれば自動的に適用されるものではありません。投資先の会社が要件を満たしていることを、都道府県に確認してもらう手続きが必要です。
都道府県から確認書の交付を受ける
エンジェル税制の適用を受けるには、投資先の会社が本店所在地の都道府県に申請し、確認書の交付を受ける必要があります。投資家は、会社から受け取った確認書などを確定申告書に添付して提出します。確認書の交付には時間がかかることがあり、確定申告の期限の直前に申請すると交付が間に合わないおそれがあると、経済産業省のガイドラインでも注意が呼びかけられています。
スケジュールから逆算して準備する
株式の売却益を再投資する場合は、売却の時期、投資先の会社の設立時期、出資の払込みの時期、確定申告の時期を一つのスケジュールとして管理することが大切です。特に、売却した年の翌年に投資する場合は、売却した年の確定申告に書類を添付する必要があるため、確定申告の時期までに投資の方針を固めておく必要があります。
確定申告の時期が近づいてから慌てないよう、投資先の会社の担当者とも早めに必要書類の準備を進めておきましょう。確定申告書には、確認書のほか、株式を取得したことがわかる書類なども添付します。必要な書類は特例ごとに異なるため、出資の払込みをした時点で、契約書や払込みの記録をまとめて保管しておくと、申告の準備がスムーズに進みます。
新規事業の立ち上げでエンジェル税制を活用するときのポイント

株式の売却をきっかけに、複数の新規事業を立ち上げたり、パートナーの会社に出資したりするケースでは、どの特例をどの出資に使うかを整理しておく必要があります。
出資の形によって使える特例が変わる
自分で会社を設立して出資する場合は起業特例、パートナーが設立した会社に出資する場合はプレシードシード特例や優遇措置Bが候補になります。なお、優遇措置A・B、プレシードシード特例には投資家側の要件もあり、出資先の会社で持株割合が最も大きい株主グループに属する方(創業者やその親族など)は対象になりません。ご自身が中心となって経営する会社への出資は、原則として起業特例の検討対象になります。同じ金額を出資する場合でも、会社の設立年数や営業損益、外部からの出資の割合によって使える特例が変わるため、出資の前に要件を確認しておくことが欠かせません。出資した後で要件を満たしていないことがわかっても、さかのぼって適用を受けることはできません。
事業計画書を作り込む
特にプレシードシード特例では、売上高の成長や試験研究費等に関する事業計画を持っていることが、会社の要件の一つになっています。投資先の会社には、事業の内容や今後の売上の見込みなどを説明できる事業計画書を用意しておくことが大切です。事業計画書は、金融機関からの融資やほかの投資家からの出資を受けるときにも役立ちます。会社設立と事業計画書の作り方については、「エンジェル税制を活用した会社設立の流れと事業計画書の書き方」で詳しく解説しています。
売却した株式の税金もあわせて試算する
エンジェル税制のうち、優遇措置B、プレシードシード特例、起業特例で差し引けるのは株式の売却益です。給与所得や事業所得を含む所得から差し引けるのは、上限のある優遇措置Aに限られます。株式の売却でいくら利益が出て、どの特例でどこまで差し引けるのかを事前に試算しておくと、投資額やタイミングを判断しやすくなります。売却する株式の内容や売却の方法によって税金の計算が変わるため、売却の契約を結ぶ前から専門家に相談し、税額への影響を確認しておくことをおすすめします。
なお、株式の売却益がない方でも、優遇措置Aであれば、投資額から2,000円を差し引いた金額を給与所得などを含む総所得金額等から控除できます。ただし、控除できるのは総所得金額等の40%と800万円のいずれか低い方までです。
エンジェル税制でよくある誤解

エンジェル税制については、次のような誤解がよく見られます。
- どの会社に出資しても対象になる → 設立年数や営業損益、外部からの出資の割合などの要件を満たし、都道府県の確認を受けた会社への出資に限られます。
- 出資すれば必ず売却益の税金が減る → 差し引けるのは要件を満たした出資額だけです。出資が売却益の出た年の翌年末を過ぎると、改正後の制度でも対象になりません。
- 税金がすべてかからなくなる → 優遇措置Bは課税の先送りです。非課税になるのはプレシードシード特例と起業特例の20億円までの部分の所得税で、住民税は軽くなりません。
- 確定申告のときに手続きすればよい → 投資先の会社が確認書の交付を受ける必要があり、時間がかかることがあります。翌年に投資する場合は、売却した年の確定申告で書類の添付も必要です。
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※本記事は、令和7年度税制改正および2026年10月時点の経済産業省のガイドラインをもとに作成しています。個別の適用の可否は、要件や事実関係によって異なります。




