「育児休業から復帰する従業員が時短勤務を希望しているが、うちの部署は早朝や夜勤を含む複雑なシフト制だ。どう対応すればいいのだろうか?」
「1日の労働時間をきっちり6時間に固定するのは現場が回らない。日によって7時間や5時間にして、平均して6時間になるようなシフトを組めば、法律上問題ないのではないか?」
多様な働き方が広がる現代において、企業の人事労務担当者や現場の管理職を深く悩ませているのが、育休復帰後の時短勤務と変形労働時間制・シフト制の組み合わせです。
特に、介護施設、病院、ホテル、飲食業など、24時間体制や不規則な勤務シフトを敷いている企業では、時短勤務者の受け入れが現場のシフト作成において大きな壁となっています。
実際に、ある企業(A社)で発生した事例では、早朝勤務や夜勤を含む複雑なシフト制で働く従業員から時短勤務の希望が出されました。現場の担当者は「月の総労働時間を4分の3に減らし、日によって勤務時間を調整して平均6時間にすれば対応できるだろう」と安易に考えていました。しかし、この平均して6時間という自己流の運用は、労働関係法令の根本的な趣旨から大きく逸脱しており、労働局からの厳しい指導や、育児関連の給付金手続きにおいて致命的なトラブルを引き起こす非常に危険な落とし穴だったのです。
本記事では、A社と社会保険労務士の実際の相談事例をもとに、変形労働時間制のもとで育児時短勤務を導入する際に企業が陥りやすい勘違いと、行政(労働局)の厳格なスタンス、そしてトラブルを未然に防ぐための正しい実務対応を徹底解説します。
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トラブルの発端:シフト制で働く従業員の育休復帰と時短希望

事の発端は、A社において育児休業を取得していた従業員(Bさん)が、復職に向けて動き出したことでした。
Bさんが所属している部署は、固定時間制ではなく変形労働時間制を採用しており、早朝勤務や夜勤も含まれる非常に複雑で入り組んだシフト(現場では「若手シフト」などと呼ばれるような過酷な勤務形態)で回っていました。
Bさんは復職にあたり、育児と仕事の両立を図るため時短勤務を希望しました。これまでのA社の実績では、固定勤務(週5日、定時出退社)の従業員が時短勤務を取得したケースはあったものの、Bさんのように変形労働時間制やシフト制で働く従業員が時短勤務を利用するケースは初めてでした。
そのため、現場の管理者や人事担当者は「具体的にどのようなシフトを作成すれば、法律の要件を満たしつつ現場を回せるのか」と深く悩むことになったのです。
現場が陥りやすい罠:「月の総労働時間を減らす」という独自解釈

A社の担当者が社会保険労務士に相談した際、当初検討していたアイデアは次のようなものでした。
「単純に月の総労働時間を4分の3程度に減らすという対応で問題ないのではないか?」
「例えば、規定では1日6時間となっているが、シフトの都合上、ある日は7時間働いてもらい、別の日は5時間にする。これで平均して1日6時間になれば、時短勤務として成立するのではないか?」
一見すると、このアイデアは現場の柔軟性を保ちつつ、労働者の総労働時間も減らしているため、合理的な解決策のように思えます。変形労働時間制そのものが「一定期間の平均で労働時間を法定内に収める」という制度であるため、時短勤務にも同じ論理を当てはめようとしたのです。
しかし、この平均して6時間という考え方こそが、育児・介護休業法における時短勤務の趣旨を根本から覆す、極めて危険な解釈だったのです。
法の趣旨と就業規則の壁:時短勤務は1日6時間が絶対原則

社会保険労務士は、A社のこの提案に対して明確に「ノー」を突きつけました。
まず確認すべきは、自社の育児介護休業規程にどのように記載されているかです。A社の規定には「所定労働時間について、1日6時間とする」と明確に定められていました。
規定で1日6時間と定めている以上、日によって7時間働かせるようなシフトを組むことは、自社の就業規則違反となります。
さらに重要なのは、法の趣旨です。育児のための時短勤務制度は、そもそも「子どもの保育園のお迎えに間に合わせる」「育児による肉体的・精神的な負担を毎日軽減する」という目的のために設けられています。
「今日は7時間働いてください、明日は5時間でいいから」という変則的な働き方では、7時間働く日には結局お迎えに間に合わなかったり、育児の負担が特定の日に重くのしかかったりすることになります。社会保険労務士が指摘した通り、法の趣旨からすれば、本人の負担軽減のために設けられた上限を特定の日であっても超えることは想定されておらず、原則として認められないのです。
行政(労働局)の厳格なスタンス:例外は認められない

この問題について、「実務上、少しの変動なら黙認されるのではないか」と甘く考える経営者もいるかもしれません。しかし、行政のスタンスは非常に厳格です。
社会保険労務士の過去の経験によれば、同様の「変形労働時間制のもとで、1日6時間を取れない日があるがどうすればいいか」という相談を管轄の(労働局)に直接行った際、労働局の担当者からは「それでも1日6時間でやってください」と、一切の例外を認めず突っぱねられたとのことです。
行政としては、実務上のシフトの組みにくさや、変形労働時間制という会社の都合を考慮して、育児時短勤務の本来の目的、1日あたりの負担軽減を曲げることはしません。「規定に1日6時間とあるなら、絶対に6時間を超えてはならない(4時間や5時間はOKだが、7時間はNG)」というのが、行政の揺るぎない見解なのです。
時短給付金や社会保険手続きへの致命的な影響

もし、会社が勝手に「平均6時間」という運用を強行し、従業員を1日7時間働かせていた場合、どのようなリスクが生じるのでしょうか。
最も恐ろしいのは、公的な給付金や手続きの場面で矛盾が露呈し、厳しい追及を受けるリスクです。
育児休業からの復職に伴い、時短給付金などの申請手続きを行う場合、行政の窓口には出勤簿やタイムカード、賃金台帳などの実態を示す証拠書類を提出することになります。その際、書類上に「1日7時間」や「夜勤」の記録が残っていれば、行政側から「規定では1日6時間のはずなのに、なぜ7時間働いているのか?」「これは本当に時短勤務制度を適法に利用していると言えるのか?」と強烈な突っ込み(調査・指導)が入ることは避けられません。
手続きが滞れば、従業員が受け取れるはずの給付金が支給されなくなったり、会社が労働関係法令違反として処罰の対象になったりする可能性があります。社内だけの曖昧な運用で済む話ではなく、公的な手続きが絡む以上、何に突っ込まれるか分からないという極めて高いリスクを抱えることになるのです。
実務上の解決策1:固定時間制へのシフト変更

では、A社は具体的にどのように対応すべきなのでしょうか。社会保険労務士が提示した現実的な解決策の一つは、その従業員(Bさん)に関してのみ、変形労働時間制や複雑なシフトから外し、固定時間制での勤務に戻すという方法です。
例えば、「9時から16時までの6時間勤務」といった形で、毎日確実に6時間以内で帰宅できる固定の勤務形態を適用します。これにより、法令や就業規則に完全に準拠しつつ、お迎えなどの育児の都合にも確実に対応することが可能になります。現場のシフト作成者にとっては、特定の時間帯にしか人員を配置できないという制約が生じますが、法令遵守と労務リスク回避のためには、この基本原則に立ち返るしかありません。
実務上の解決策2:固定勤務が可能な部署への配置転換

しかし、業務の性質上、どうしてもBさんが所属している現在の部署では「9時から16時」の固定勤務を組み込むことが不可能であるというケースもあるでしょう。
その場合のもう一つの有効なオプションが、配置転換です。
Bさんともよく相談の上、現在の変形労働時間制の部署から、バックオフィスや日勤のみの業務など、9時から16時の固定勤務が無理なく行える別の部署へ一時的に異動してもらうという提案です。
もちろん、配置転換にあたっては労働契約上の同意や、本人のキャリア形成への配慮が必要となりますが、会社として「適法に時短勤務を取得させるための環境整備」の一環として、配置転換を提案することは非常に重要かつ建設的な対応と言えます。
複雑な労務トラブルを未然に防ぐ社会保険労務士の圧倒的メリット

今回の事例を通じて最も浮き彫りになったのは、人事労務の専門家である社会保険労務士の圧倒的な存在価値と、その絶大なメリットです。
もし、A社が自社の中だけで判断し、「平均6時間なら問題ないだろう」と見切り発車で運用を始めていたらどうなっていたでしょうか。後日、労働局からの調査や給付金手続きの際に法令違反が発覚し、従業員との信頼関係は崩壊、会社は多大なペナルティと事務負担を強いられていたはずです。
しかし、A社は行動を起こす前に社会保険労務士に相談しました。社会保険労務士は、単に就業規則の文言を確認するだけでなく、その背景にある法の本来の趣旨や、労働局という行政機関の厳格なスタンス・過去の指導実績、さらには給付金手続きの実務においてどこを突っ込まれるかという、素人では絶対に知り得ない「現場のリアルなリスク」を瞬時に見抜き、会社に警告を発しました。
社会保険労務士は、企業が法的な地雷を踏むのを未然に防ぐ最強の防波堤です。
彼らは、法律論を振りかざすだけでなく、「ならば、9時〜16時の固定勤務にするか、それができる部署への配置転換を検討してはどうか」といった、企業が実行可能な現実的なオプションを提案してくれます。
労務管理が高度化・複雑化し、労働者の権利保護がかつてなく厳しく求められている現代において、経営者や人事担当者が自らの勘やネットの断片的な情報だけで判断を下すのは、目隠しをして綱渡りをするようなものです。
社会保険労務士という国家資格を持ったプロフェッショナルを顧問として迎え入れ、二人三脚で組織運営を行うこと。これこそが、従業員が安心して働き続けられるクリーンな環境を作り上げ、同時に会社を不測のダメージから完璧に守り抜くための、最も確実で賢明な投資なのです。
まとめ

育休明けの従業員に対する時短勤務制度は、単なる労働時間のパズルではありません。
変形労働時間制やシフト制を採用している企業において、「日によって時間を調整し、平均して6時間にする」という運用は、本人の日々の負担を軽減するという法の趣旨に真っ向から反する違法リスクの極めて高い行為です。行政はこのような例外を一切認めず、給付金などの公的な手続きにおいても厳しく追及されます。
この難題を乗り越えるための正しいアプローチは、規定通りの1日6時間を厳守する固定勤務への移行か、それが可能な部署への配置転換を真摯に検討することです。現場の都合を優先して法律を曲げることは、結果的に会社に致命的なダメージをもたらします。
そして、こうした複雑な労務課題に直面した際、絶対に自社だけで判断してはいけません。
法律の裏側と行政の動向を知り尽くした社会保険労務士に必ず相談してください。彼らの専門的な知見と的確なアドバイスこそが、無用なトラブルを未然に防ぎ、会社と従業員双方にとって最適な解決策を導き出す唯一の鍵となります。正しい知識と専門家の強力なサポートを武器に、変化に強い盤石な組織体制を築き上げましょう。




